●ただ事じゃない

携帯が鳴る。取引先 L社の社長(以降L氏)からだ。
「K社と連絡が取れないんだ。確認してもらえないか?」

早速、K社に電話をかけてみる。
呼び出し音を20回くらい数えただろうか。

誰も出ない。

悪夢の始まりだった。


L社を通して、K社の仕事をした。
短期だが、2人の技術者を投入したので、100万を超える請求書を発行
したばかりだった。

慌ててK社へ向かう。
K社の入っているビルのエレベータに入り、目的階のボタンを押す。

あれっ?
反応しない。(ランプが灯かない)

『ただ事じゃないな』

仕方ないので、階段を使って登る。
(きついなぁ)

息を切らして、目的階にたどり着くと、扉に 一枚の紙が張ってあった。

『破産通知書
K社破産手続き申し立てに基づき………

資産凍結のため、一切の立ち入りを禁じます。
管財人 □□ □□ 』

鍵のかかった扉の向こうから、電話の鳴る音だけが響き渡る。

暫く、呆然と、立ち尽くす。。。

やるだけやってみよう。
L氏にも電話を入れて、この地区の登記所へ向かう。

謄本を申請したが、長く待たされる。
L氏が駆けつけたところで、声がかかる。
「英字や、カタカナを繋げて検索したのですが、その様な名前の会社は、
登記されて無いですね。」

どうなっているのだろう。
知り合いに電話をして、データバンクを検索してもらう。
「あったよ。本社は埼玉県だね。住所は………」

なるほど、自宅兼事務所で立ち上げた会社の典型的パターンだ。
都内に事務所を借りた際、登記をそのままにしていたのだろう。

行ってみよう。
L氏は、どうにも都合がつかないと言うので、一人でK社 社長宅へ向かう。

電車とバスを乗り継ぎ、閑静な住宅街に到着する。
『あった。ここだ』2階建ての建売といった雰囲気の家だ。

表札の隣に、小さなプレートが貼ってある。確かにK社と書いてある。
玄関の脇には、錆付いた三輪車、ビニールホース等が置いてある。

呼び鈴を押してみる。
反応なし。

裏へ回ってみる。

小さな庭があり、鉢植え、はしご、他にいろいろな小物が置いてある。
見上げると、2階のひさしの下に 少しばかりの洗濯物が干してある。
手すりには、衛星放送のアンテナが付けられている。

しかし、人のいる気配はない。

窓越しに見える 剥がれかかった張り紙。家具も引出しが出ている様子。
慌てて出て行ったのだろう。

『これが、夜逃げというものか』

初めての『夜逃げされた』体験だった。


●ちょっとした兆候

上記は、信頼できる会社として、L氏から紹介された仕事だった。

当初は技術者を連れて、仕事の内容を聞きに行った。

その後、他のプロジェクトに時間をとられてしまい、実質的には、技術者から
送られてくる報告を 見ているだけだった。

技術者を現場に送り込んでいる場合、時折様子を見に行き、問題を早めに見つ
けるのがセオリーではある。

ただ その時は 技術者自身が比較的優秀であること、紹介された会社の仕事で
あるので、問題ないだろうと判断してしまったのだ。

それでも、ほったらかしは良くない。
来週が納期というタイミングになったので、行ってみようと思った。

L社に電話する。
「念のため伺おうと思います。何時ごろが都合よいですか?」

ちょっと変わった返事が返ってきた。
「来ていただかなくて大丈夫です。Oさんはきちんとやっています。」

私が「最初の時に伺ったきりですので、それでは申し訳ないです。」と言うと、

「本当に来ていただかなくて結構です。何も問題ありませんので。」
何かへんだなとは思ったが、こちらも暇ではないので、訪問をとりやめた。

この時、行っていればよかったと、つくづく思う。

事業状況は、現場で作業をしている技術者からしてみれば、知った事ではない。
ましてや、業務報告から'その会社が危ないかどうか' 窺い知れるわけがない。


何事も、事が起こる前には、ちょっとした兆候があらわれるものです。
何か変だな?っと思ったときには、きちんと確認しましょう。

早めの対策が、来たる被害を最小限に抑える事になります。

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