●お請けできかねます
ある大手メーカーに呼ばれてやってきた。
急ぎの開発案件があるというのである。
会議室に通されると、なじみの顔がちらほら。
「御社も呼ばれたんですか。」と知り合いのL氏に声をかける。
「急に来てくれって言われてね。」
離れた所にN社も座っている。目が合ったのでお互いニコリと会釈する。
扉が開いて、若い男性とその上司らしき人が入ってきた。
続けて役員らしき年配の男性と、秘書らしき女性も入ってきた。
若い男性は今回の案件担当の様だ。担当者と秘書が資料を配る。
そして挨拶もないまま、内容を話し出す。
「…… 概略は以上です。資料の最後に各社分担と納期を記載してあります。」
一瞬、しんとなるが、すぐに部屋中 ざわめきで一杯になる。
請負価格が一方的に書かれているのもあるが、なにしろ納期が尋常じゃない。
これでは、正月休みを返上してもぎりぎりである。
その前日、大忙しの仕事が終わったばかりだった。
この状態で年末年始まで、社員を働かせるわけには いかなかった。
「注文請書はこちらにあるので、帰りに自社のものを取り、捺印のしたものを
明日お持ち下さい。引き続き、キックオフミーティングを行います。」
『おいおい、ふつう「何か質問ありますか?」とか言うだろう』と思った。
年配の男性は、
『下請けの会社が揃ったな。あとは任せた』といった感じで 席を立った。
「質問いいですか?」私が声をあげた。
「なんだね?」男性は 秘書が開けたドアの前で立ち止まった。
聞く耳はあるようだ。
「2つあります。ひとつはお見積り交渉の時間はいつまでとれますか?
もうひとつは納期です。ひと月、延ばして頂く事は可能でしょうか?」
年配の男性は、非常に不愉快な顔をして口を開いた。
「請け書の金額、納期とも確定。年末年始は無いと思ったほうがいい」。
「では、お請けできかねます。」私はきっぱりと言った。
「君は?」年配の男性は
「申し送れました。こういうものです。」名刺を取り出して交換する。
「そうか、覚えておこう。」
当然、この部門からは、二度と仕事がもらえない覚悟だった。
(他からの仕事増やさないとなぁ)
私は席を立って、L氏にも声を掛ける。
「話にならない。行きましょう。」
「俺は聞いていくよ。」とL氏。
『え、そうなの?』(こんなに条件悪いのに)
N社も残る様子だ。
5社呼ばれて 結局、途中退席したのは、私の会社だけだった。
●立場による判断の違い
後に知る事になったのだが、
呼ばれた5社は、請負業者の中でも、即対応可能として登録されていたらしい。
私の所は、別に即対応を売りにしていた訳でなく、それまで対応してた案件が、
たまたま 納期の厳しいものだったに過ぎない。(他の会社が受注拒否したもの)
この時、開発のリーダーも同席させていました。
資料をみながら、「これならひと月もあればできそうですね。」と言いつつも、
納期の部分を見て「これ無理。帰省の切符はキャンセルしたくないです。」
それを聞いて、私は
『そうだよな、何の為に働いているか判らなくなるよな』と判断しました。
実は、こういう考えは、意見の分かれる所です。
私は技術者でしたので、つい 働く立場から考えてしまいます。
しかし経営する立場からすると、別の判断を すべきだったのかも知れません。
残る4社は、以下の様に考えていたそうです。
『取引先の危機を、一緒に乗り越えていこう』
『この仕事断ったら、後がない』
『何にせよ仕事が頂ける。ありがたいことだ』
『暇な社員がいるので、ちょうどよかった』
会社の状況は其々ですが、皆さん 経営の立場から判断していました。
私の判断が良かったのかどうかは、いまだにわかりません。
聞いた話では、うちに割り当てていた分を 4社で分担する事になった様です。
後日、L氏より言われました。
「納期厳しいまま、量増えたから、(社員から)凄い文句言われたよ。」
(文句を言いつつも、仕事をこなしてくれたL社の皆さん。すみませんでした)