●稼げるアドバイス
「もう書き終わったの?」先輩が声を掛けてきた。
「まだですが。ここまで書けたので、動きを確認しています。」
「よくないな。先に全部書いちまいな。」
「でも、ひとつひとつ確認して行ったほうが間違いが少ないと思います。」
「それで、いつ終わるんだよ。」
「今日の夜か、明日の朝には。。。」
と言いながら、自分でも明日までに終わるかさえ 判らなかった。
「それで儲かるのか?」
「え?」先輩の質問の意図がわからない。
「俺たちは、仕事をやっている以上、その道のプロだ。
プロは、利益の出ないことは、やっちゃいけない。
やることなすこと、全部利益を出さないといけないんだ。」
「はあ。」
『そんなこと判ってから、頑張ってやってるんじゃないか』と言いそうになる。
「いいか、もうおまいさんもプロだ。
今やっている事も、どうしたら利益になるかを考えてやれってことだ。」
「どうしたら利益になるか、ですか。」
「そうだ。俺たち開発屋だ。開発の原価は殆ど人件費だ。
だから、人件費を削るほど利益がでる。
人件費を削るというのは、開発に掛ける時間を減らすと言うことだ。」
「そうですね。」ここはおとなしく聞いておこうと思った。
「だから、時間を掛けない様にやれってことだ。
先に 全部書きおわってから、まとめてデバッグをするようにしな。」
(デバッグ=仮に動作させながら、不具合を見つけ、修正を行う作業)
「でも、先に全部書いたら、先に書いた部分のミスに気づかないかも」
「真剣さが足りないんだよ。ミスをしない様に注意して書けば、そうそう
ミスるものではないし、後戻りするするものでもない。」
「そういうものですか。」
真剣にやっているつもりだったが、ここは従っておこう。
「書き方のコツを教えてやろう。先に 全体の骨組みを作るんだ。
頭の中で、シュミレーションして、きちんと動きがイメージできるまで、
骨組みだけ修正していくんだ。
ひと通りの動きがイメージできたら、一気に肉付けすればいい。」
「!なるほど。」
この時先輩が教えてくれたやりかたは、ものづくりの基本だったのだが、
業界が成熟していないため、こうした基本を意識している人は少なかった。
「でも、何で そこまで教えてくれるんですか?」
「お前が まにあわない分、だれがやっていると思っているんだ?
給料泥棒はいらないんだよ!」
「よくわかりました」
この日、一人の『稼ぐ』技術者が誕生した。
●絶妙のタイミング
ちょっとしたアドバイスがきっかけで、状況が一変するすることがあります。
しかし、聞く人に状況を打開する意識がなければ、のれんに腕押しです。
そのため、アドバイスをするにもタイミングが重要です。
前述の場合、先輩は普段から、私の作業の様子を見ていました。
私が上司から、もっと早くやるようにと言われているのも見ていました。
そのとき、私は早くやろうとは思っていましたが、作業のやり方そのものを
変えるという事までは、考えていなかったのです。
もし、このアドバイスが、入社間もない頃だったら、聞いてもわかりません。
1〜2年経ってからだと、非効率な作業パターンに染まっていたでしょうから、
理解しようとすら しなかったでしょう。
そういった意味で、絶妙のタイミングでした。