●砕けた足首

1年かかった基本パッケージの開発が一段落した。
翌週から、カスタマイズ(顧客ごとの仕様)を詰める段階に入る。

まずは、基本部分の完成と言うことで、スタッフ皆で打ち上げをした。
久々のアルコールと言うこともあって、まわりが速い。


「お疲れ様でしたー。」ほろ酔い気分で 居酒屋を出る。

『そういえば、あそこにも顔を出しておくか』
地下鉄で少し移動したところに、仲間とよく行っていたバーがある。
開発が大詰めだったこともあり、しばらく ご無沙汰していたのだ。

ふらふらとホームの階段に近づいたところで、電車の入ってくる音がする。

『わっ!』足を踏み外した。

倒れそうになる体を立て直すため、4段先のステップに足を伸ばす。
「ダン」更に勢いが付く。足を延ばす。

「ダン!」勢いは止まらない。でも足を前に出さないと。。
「ダン(ぐしゃっ)!!」右の足首に 激痛が走る。

「バーン!」ホームに体が 打ち付けられる。

「だいじょうぶ?」仲間の一人が声を掛けてきた。

塵を払いながら、立ち上がると、、、めちゃ痛い。
「足をくじいたみたいだ。今日はこのまま帰るよ。」

「なんだ、足をくじいたくらいで、ほら 肩を貸すから行くぞ!」

「じゃあ、ちょっとだけ」(この時、無理せず帰っていればよかった)


バーに着いたが、痛みは一向に治まる気配がない。
「アルコールを飲めば、楽になるよ。」と仲間が言う。

『そうかなぁ』と思いつつ、グラスを傾ける。
開発の苦労話が、いつの間にか 男と女の修羅場の話になっていた。

痛みを紛らせるため、お気に入りのブランデーを何杯も飲んだ。
仲間は、私が大げさに痛がっていると思った様だ。
「なに痛がってんだよ。」
「ガスッ」靴の先でこづかれた。

突き刺す痛みが、脳天を駆け抜ける。

朦朧とする意識の中で、店のマスターが仲間に声を掛けた。
「これ、どうみても いっちゃってますよ。」


『あれ、ここはどこだ』
病院のベッドで、目が覚めた。
昼間のようだが、何時頃か全くわからない。

足に重い痛みが走るが、起き上がって見ようにも 体が固定されて動けない。

看護婦さんがやってきて 説明してくれた。
昨晩、バーのマスターと仲間で、酔いつぶれた私を 担いできたらしい。

骨が砕けていた。単に折れたのではないらしい。
足首を開き、砕けたかけらを パズルの様に組上げる手術を 翌日行うそうだ。

「手術が終わっても、3日くらいは痛いので、頑張って耐えて下さいねー。」
『ちょっと、おどかさないでよー』と思ったが、全然脅しではなかった。


手術が終わって、麻酔が切れていくと共に、突き上げる痛みが走る。
痛みをこらえる為に、体に力が入る。
「ぐぐぐ。」脂汗で ベッドはべたべた。

「看護婦さん。痛み止め注射お願いします。」と懇願する。
「できれば、打たないほうがいいんですけどねー」

生まれて初めて、モルヒネを注射してもらった。
高揚感とともに痛みが消えていく。(恐ろしい薬である)

激痛が治まったころ、仲間が見舞いにやってきた。
「大変だねー。ところで来週、名古屋に出張がきまったよ。」
「へー。忙しくなるねー。」

「お前も一緒だよ。ほら、ノートパソコンもってきたよ。
 客とのQA入れといたから、担当分の確認資料作っといてね。」

「えー?」病室で仕事?しかも骨折れてるのに出張?


●怪我の功名?

ギブスで固定された足が もどかしい。

松葉杖で歩いていると、脇が腫れ上がって痛い。
しかしホテルから現地までは、それで行くしかない。

打合せの2日目からは、現地の職員が車椅子を用意してくれた。
休憩の時に、痛い思いをせずに移動ができる。


初日、現地に着いたときは、お互い初めて顔を合わすこともあり、
緊張した雰囲気の中で、話が進められた。

和らいだのは、最初の休憩の時だった。
職員の一人が聞いてきた。
「その足、どうしたんです?」

ことの顛末を話すと、、、爆笑だった。
「それねー。きっと階段の上で、押されたんですよー」
「やっぱり、そうなのかなー。」(ほんとうに、そうなのかなと 今でも思う)

笑われたけど、そうしてまで 客の話を聞くために足を運んだ事に、思いがけ
ないほど感謝された。

おかげで、技術的に難しい事は、すんなり折れてくれた。
運用手順を変える程の大胆な提案を出しても、真剣に考えてくれた。

このお客様に導入したシステムは、その後10年以上 安定稼動を続けることに
なる。

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