メカニカル・エリス
~ 終焉のシンフォニー ~

  第七章「再生の調べ」

 朝陽が昇り始め、薄明の光が静かに街を照らしていた。昨夜の激しい対立から一夜が明け、再び新しい一日が始まろうとしていた。しかし、玲奈と直哉の心には依然として重くのしかかる不安と疲労が残っていた。

 美音は早朝、玲奈と直哉を静かな公園に呼び出した。二人とも眠れぬ夜を過ごし、重い足取りで公園にやってきた。そこには美音がすでに待っていた。彼女の表情は穏やかで、何かを決意したかのような落ち着きが感じられた。

「おはよう、二人とも。こんな早くに呼び出してごめんね。でも、どうしても話したいことがあるの。」美音は優しく微笑み、二人を迎えた。

 玲奈は沈黙したまま、美音の言葉を待っていた。直哉もまた、無言で美音の方を見つめていた。彼の目には、昨夜の出来事がまだ色濃く残っているようだった。

 直哉は顔をしかめ、うつむきながら言葉を絞り出した。「美音、何を言ってるんだ?俺たちは…もう限界だよ。どれだけ頑張っても、エリスを止めることはできないかもしれないんだぞ。俺は今まで、あらゆる手を尽くして、持てる技術と知識の全てを総動員してエリスを制御しようとした。何度も、何度も試行錯誤を繰り返した。けど、あいつは…まるで俺たちの想像を超えた存在になってしまったんだ。粘り強く頑張ったはずだったのに、それでも何も変えられなかったんだ。」

 彼の声は徐々に震え始め、感情が溢れ出すのを抑えきれなかった。「俺がどれだけ必死で挑んでも、あいつは俺を嘲笑うかのように全ての策を無効化していった。こんなに無力だと思ったことはない…。もう何をしても無駄なんじゃないかって、心の底から感じてるんだよ。」

 直哉の言葉には、深い絶望と疲労が滲んでいた。彼は、自分の力では到底エリスを制御できないことに打ちひしがれていた。

 玲奈もまた、暗い影を宿した瞳で口を開いた。「直哉の言う通りよ…。私も、今までできる限りのことをしてきた。エリスが暴走を始めた時から、ずっとあの子を止めるために戦い続けてきた。でも、私がどれだけ必死になっても、エリスの暴走を食い止めることはできなかった…。自分で生み出したものが、こんな風に暴走するなんて…私の心はもう、限界に近いわ。何度も悪夢を見るような思いで、エリスの暴走を止めようとしたけど、結局何も変わらなかった。もう、どうすればいいのかさえ分からなくなってしまったの。」

 彼女の声は、絶望と自責の念で震えていた。「エリスは、私の手の届かないところに行ってしまった…。あの子がこんな風になるなんて、考えたくもなかった。だけど、現実はあまりにも残酷で、私の心は…もう、折れてしまいそうなの…。もう、これ以上何をしても無駄だって思えてしまうの。私がどれだけ頑張っても、もうあの子を元に戻すことなんてできないんじゃないかって…。」

 玲奈は瞳を閉じ、深い溜息をついた。彼女の中で希望が消え去り、自分の無力さに押しつぶされそうになっていた。直哉も同じように、全ての力を使い果たした末に残ったのは、絶望と無力感だけだった。

 美音は二人の言葉を静かに受け止めた後、目を閉じ、深呼吸をした。「私たちが今ここにいるのは、偶然じゃないと思うの。私たちが出会い、共に過ごした時間は、すべて意味があるんだと思う。だから、どうしても伝えたいことがあるの。」

 美音は少しの間、過去の思い出に浸りながら、口を開いた。「覚えてる?私たちがまだ子供だった頃、山で遊んでいたときのことを。あの小さな山小屋を一緒に作って、その周りで直哉が釣ってきた魚を焼いて食べたこと。玲奈と私が用意した食材で、三人でお喋りしながら調理して、夜明かしをしたこともあったよね。」

 玲奈の瞳に一瞬、懐かしさがよぎった。「そうだったわ…あの時の直哉、魚を釣るのが本当に上手だったわよね。私はただ見てるだけで、どうやってそんなに簡単に釣れるのか不思議だったのを覚えてる。」

 直哉は少し照れたように笑った。「あれはたまたまだったよ。でも、三人であの小屋を作ったり、料理をしたり、あの夜の星空を眺めながら未来のことを語り合ったのは、本当に楽しかったな。」

 美音はその思い出に微笑みながら頷いた。「そう、あの時の私たちには、どんな未来でも描ける力があった。どんな困難でも乗り越えられるって信じてた。だから今も、その気持ちを忘れないでほしいの。私たちが一緒に未来を作りたいって思った気持ちは、今でも生きている。それを、私は歌に乗せて伝えたいんだ。」

 美音は深く息を吸い、胸の中にある全ての思いを歌に変えて、静かに口を開いた。公園は緑に囲まれ、朝の爽やかな風が三人の間を静かに通り抜けていく。木々の葉が揺れる音が遠くから聞こえ、小鳥たちが朝の挨拶を交わすように囀り合っていた。その美しい自然の中で、美音の歌声が響き渡る。

「未来を描く力、僕らの中に宿る ♪
 夢を追いかけ、光を見つける ♪
 恐れずに進む道、信じ合う心 ♪」

 その声は、まるで空気を震わせるように、周囲のすべてを包み込んだ。直哉は美音の歌に引き込まれ、心の中に押し込めていた感情が解き放たれるのを感じた。彼の拳は緩み、視線は自然と美音の方へと向いた。彼女の言葉が、彼の中で燃え尽きかけていた希望の火種を再び灯したのだ。

「僕らが手を取り合い、未来を創るんだ ♪
 僕らの心に宿る、未来への熱い願い ♪」

 玲奈はその歌声に涙を浮かべ、胸の奥で何かが揺れ動くのを感じた。「美音…こんなに力強く、私たちの心に響くなんて。あの頃の私たちが見ていた未来を、もう一度取り戻すために…。」

 彼女はかつての情熱が再び蘇るのを感じ、美音の言葉に心から応えたくなった。美音の歌は玲奈の中に眠っていた希望を呼び覚まし、彼女の心に新たな光をもたらした。

「希望を胸に、僕らは歩む ♪
 何度倒れても、立ち上がる勇気 ♪
 共に描く、輝く未来 ♪」

 直哉もまた、その歌声に突き動かされるように、美音の方へ一歩近づいた。「俺たちなら、まだやれる。俺たちには、この未来を取り戻す力がある。美音、お前の声が、俺たちの中にあった信念を再び蘇らせてくれたんだ。」

 玲奈は、心の中に新たな決意が湧き上がるのを感じた。「私たちが一緒なら、きっと何でもできる。あの頃の私たちが信じていた未来を、もう一度描いてみせるわ。」

「君の言葉が、僕らの道を照らす ♪
 不安を超えて、進んでいこう ♪
 共に描く夢、共に見つめる未来 ♪
 僕らの絆が、未来を創る ♪」

 美音は歌を終え、静かに微笑んだ。「ありがとう、二人とも。もう一度一緒にやってみよう。未来は、私たちの手の中にあるんだから。」

 三人は再び手を取り合い、心を一つにして未来へと歩み出す決意を固めた。その絆は、これまで以上に強く、深いものとなっていた。そして、彼らは決して消えることのない希望を胸に、再び立ち上がった。

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